未曽有、緊張、此際(このさい)――。切迫した社会状況を示す言葉が躍った関東大震災後の新聞・雑誌で、とりわけ目を引くもう一語があった。「精神」である。
「不屈不撓(ふとう)の精神」と見出しをつけたのは東京朝日新聞、1923年9月30日付朝刊1面。
「奉仕献身の精神」を評価した吉野作造
大正デモクラシーを牽引(けんいん)した総合誌「改造」は、1923年10月発行の「大震災号」巻頭言で、我が国は「百年の精神的鍛錬を飛躍して更に深刻なる創見を迫られた」と記す。寄稿した社会主義者で児童文学作家の小川未明は、明治維新以来の「模擬的文明」の破壊と指摘。「精神的文明の確立」によって、東京を「民衆的の都市たらしむべし」と提言する。
やはり大正デモクラシーの言論の舞台となった「中央公論」同月号の巻頭言は、悲壮感の中に希望も打ち出し、自暴自棄に陥らぬ日本人の「自助的精神」、相互扶助などの「精神」に期待する。民本主義を提唱した政治学者、吉野作造も寄稿し、朝鮮人虐殺を示唆する事態の重大さを危惧しながら、社会に勃興が認められる「奉仕献身の精神」を高く評価した。
また、大衆路線の大日本雄弁会講談社が刊行した「大正大震災大火災」は、陸軍大将で関東戒厳司令官の福田雅太郎が軍の貢献を自賛する。国民は「精神物質の両界に亙(わた)つて」「大試練に合格すべく今や勇気は已(すで)に満ち満ちてゐる」と書いた。
「帝都復興の時代」などの著書がある筒井清忠・帝京大教授(歴史社会学)によれば、「精神」の強調は明治末からの青年層の堕落への批判や、人格の重視と関わりがある。自由主義、社会主義、アナキズム、マルクス主義、ニヒリズムに耽美(たんび)主義、そして超国家主義も含む様々な改造主義まで、多彩な思想が拮抗(きっこう)した大正後期の奔流の反映もあるだろうという。
「否定精神の奴隷たること勿れ」
中で、ひときわ反響があった…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル